RICOH Quarterly HeadLine (2019/10/01)
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10月

RICOH Quarterly HeadLine (2019/10/01)

助けが必要な〈弱いロボット〉を開発する理由 =人間を巻き込んで「強い関係性」を築く=

(RICOH Quarterly HeadLine (2019/10/01)にて、紹介していただきました。以下、抜粋)

「次世代ロボット」と聞いて、どんな姿を想像するだろう。「鉄腕アトム」や「ドラえもん」など、人間以上の知能を持つアニメのキャラクターか。それとも「ガンダム」のような戦闘マシンか。しかし、そのどれとも違う〈弱いロボット〉の研究が進んでいると聞いて、取材に向かった。

とある大学の研究室。ごみ箱がよたよたと近づいて来た。どうやらごみを拾うことができないので、代わりにやってほしいらしい。落ちていた空き缶をひょいと拾って入れると、お辞儀をした後、他のごみを探しにどこかへ去っていった。

別の方向に目を向けると、小さな人型ロボットがおどおどしながらティッシュを配ろうとしていた。普段、街中ではあまりティッシュは受け取らないが、おどおどする姿を見ると思わず手を差し伸べてしまう。

ここは豊橋技術科学大学(愛知県豊橋市)の岡田美智男研究室だ。岡田教授は人とロボットのコミュニケーションから社会の関係をひも解く研究を進めている。社会的ロボティクス、あるいは関係論的ロボティクスと呼ばれる分野だ。

最初のロボットは、ごみ箱の形をしているにも関わらず、自身はごみを拾うことができない。周りにいる人を巻き込むことで、ごみをごみ箱に入れるという目的を達成する。二つ目のロボットも、見ている人がおどおどする姿に引き込まれて、思わず手を貸してしまう点がミソだ。

世の中で活躍するロボットの多くは自己完結する、いわば「強いロボット」だ。機能やスピード、パワーなどを主張する半面、苦手なことや弱点を隠す。これに対し、岡田教授が提唱する次世代ロボットは、「独りでできないもん!」と弱さをさらけ出す。そうすると、周りの人が協力してくれる。周囲の環境を味方に付けて目的を達成するのだ。岡田教授は〈弱いロボット〉と呼び、人とロボットの関係性を明らかにしようとしている。

名付け親は、岡田教授が2012年に出版した著書の編集者だ。教授自身は当初、「関係論的ロボット」と呼んでいた。しかし一般の人にはイメージが伝わりにくい。そこで考え出されたのが〈弱いロボット〉だった。「弱い」という表現には誤解を生むリスクもあるが、普通の人にも興味を持ってもらえる利点がある。さまざまな解釈を引き出すことも可能だ。教授にも当初は抵抗感があったが、徐々に慣れ親しみ、今では研究分野の名前として定着したという。

「『よたよた感』がないと機械に見えてしまうんです」―。岡田教授はこう説明する。ロボットがロボット然としていると、人はどうしても機械だと感じてしまい、モノとして扱ってしまう。しかし〈弱いロボット〉は、よたよたして頼りないので、思わず手助けしたくなる。接する人が感情移入し、相手の立場から考えるようになるのだ。

よたよた感を演出する「小道具」として、あえてバネを使う。当然、不安定になるが、岡田教授は「ほとんど制御しない」という。機能を最小限まで削ぎ落として、シンプルなデザインにする。そうすると、ほどよい弱さや不完全さが醸し出され、周りの人に解釈や参加を促すのだ。

岡田教授は音声の分野でも人とロボットの関係性を探っている。例えば、「トーキング・ボーンズ」は見た目がガイ骨で、体を揺らしながら昔話を語ってくれるロボットだ。一体どう弱いのか。昔話を語りながら、大事なところでキーワードを忘れ、言いよどんでしまうのだ。

「桃太郎」を子どもたちに聞かせる時、トーキング・ボーンズは「モモの中から元気な、えーっと、あのー」といいよどむ。すると、それを聞いていた子こどもたちはすかさず、「男の子!」「赤ちゃん!」「桃太郎!」とキーワードを叫び始める。競い合うように弱いロボットを助けようとするのだ。そこに豊かなコミュニケーションの場が形成され、子どもたちにはロボットと一緒に物語を作り上げる達成感が生まれる。

語りが流暢でないどころか、明確な言葉を話さないロボットもいる。「トウフ」は見た目も豆腐のようで、顔や目や口が無い。もちろん表情も無い。話せるのは、赤ちゃんが話す喃語(なんご)のような「うー」という言葉だけ。ただし、返す「うー」のイントネーションや長さは人の話し方によって変わってくる。

赤ちゃん言葉の「トウフ」

このロボットは、見た目や言葉のリアルさをそぎ落としても「人らしさ」を感じられるのかを探るために開発された。最近、家庭に普及しつつあるスマートスピーカーのデザインも、シンプルで抽象的だ。岡田教授も、家庭に入るロボットは必ずしも人型である必要はないと考えている。

弱いロボットはクルマの中にも進出しようとしている。「行こう、行こう」「ねぇ、ねぇ、道分かる?」「分かるよ」―。運転席のダッシュボードに3体1組の手のひらサイズロボット「NAMIDA」が載り、楽しそうにおしゃべりしている。運転者は会話に参加してもよいし、BGMのように聞き流し、興味がある話題になった時だけ割り込んでもよい。

クルマが交差点に差し掛かると、ロボットたちは会話を止め、一斉にある方向を見つめる。運転者も思わずその視線の先を追ってしまう。すると、道を渡ろうとしている歩行者が目に入る。運転者は停車し、歩行者が横断歩道を渡るのを待つ。人間の持つ認知バイアス(=経験や直観に根差した素早い判断)を利用して注意を向けさせるのだ。

運転中に注意を促すには、警告メッセージを流すなどほかにも方法がある。しかし、クルマから一方的にガミガミ言われると運転者は嫌になってしまうだろう。ロボットを使い、自然な形で運転手に注意を促せばストレスを軽減できる。

このロボットは、自動運転車にも応用可能だ。米自動車技術者協会(SAE)が定める「レベル3」の自動運転では、特定の場所に限って運転が自動ででき、緊急時はドライバーが操作する。こうしたケースでは、自動モード中に減速し始めても、運転者がクルマの意図を推し量るのは難しい。しかし、ダッシュボードのロボットが赤信号を見ていたら周囲の状況を理解できる。ドライバーは自動運転が難しい状況だと理解し、手動に切り替えることもできる。

元々、クルマの中は研究に適した空間だという。人とロボットの距離が一定なため、センサーによる測定や音声入力がしやすいからだ。電気自動車(EV)の場合、走行音が静かなので音声認識は一層容易になる。また、乗る人がいつも同じなので行動も安定している。閉ざされた空間ならば、運転者がロボットに話しかける心理的なハードルも低くなる。

筆者にロボットの実演を見せてくれたのは研究室の学生たちだ。開発も学生自身が手掛けている。岡田教授はデモを見て意味付けを考えるだけ。認知科学などが専門で、ロボット技術には必ずしも詳しくないからだ。

一方、学生はモノづくりを得意とする高等専門学校(高専)の卒業生が多く、ロボットコンテストの出場経験者もいる。実際、見せていただいたロボットはどれも完成度が非常に高い。学会からも多数の賞を受けている。つまりここでは、教授と学生が互いの得意、不得意をさらけ出すことで「強い関係」を構築しているのだ。

冒頭で紹介したゴミ箱ロボットがホテルに導入されるなど、〈弱いロボット〉は社会で活躍し始めた。将来は自動運転車に乗ると、ダッシュボードでロボットたちがおしゃべりに興じているかもしれない。一見役に立ちそうにないが、助け合いを促すロボット。強さや生産性ばかりを追い求める社会で、わたしたちが忘れがちな「何か」を教えてくれる。

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