朝日新聞 耕論 (2020/2/20)
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2月

朝日新聞 耕論 (2020/2/20)

■「あり合わせ」で強さ導く 岡田美智男さん(豊橋技術科学大教授)

他の球団で戦力外になったベテランを新しい起用法で再起させたり、埋もれていた選手の力を的確な助言で導き出したりする――。野村監督のこうした手腕は「野村再生工場」と言われました。

ただ「再生」とは、例えば会社員なら、研修や再訓練を誰かに施し、本人の能力を再び引き上げるイメージです。野村流の「弱者の戦法」はそうではなく、今ある能力をそのまま最大限に発揮できる場所、局面で選手を使うという点に特徴があると思います。その結果、組織として強くなるというものです。

だから、工場で故障した機械を修理して再出荷するような「再生工場」という比喩は似合いません。野村さんのマネジメントにふさわしいのは「ブリコラージュ」という言葉ではないかと思います。

もともとはフランスの人類学者レヴィ=ストロースの言葉ですが、今はビジネスの文脈の中で少し意味が広がり、「必要な素材がなくても手近にあるもので間に合わせる能力」とか、「あり合わせを集めて問題を解決する能力」といった意味で使われることもあります。冷蔵庫にある残りの食材を生かし何かおいしい料理をつくる、そんな例えがわかりやすいでしょうか。

実は私は、研究室を運営するのに野村流「弱者の戦法」を意識しています。全国の高専などを卒業して集まるうちの大学の学生たちは、いわゆる偏差値秀才ではありません。ホームランバッターは少ないのですが、みな一芸に秀で得意分野があります。

ロボット製作にはさまざまな部門で力が必要です。機構設計、電子回路の設定、デザイン、プログラミング、プレゼン能力……。それぞれの得意分野で能力を発揮してもらい、お互いの弱さを補い合って一つのロボットをつくるのです。誰かの苦手な分野を得意な者が喜々として補おうとする。自分の苦手が人の強さを引き出すとも言えます。それぞれの強みを組み合わせれば、組織のパフォーマンスは高くなります。

もともと人間の組織とは、「あり合わせ」の集合体とも言えます。それぞれ長所短所を持ったデコボコとした人ばかりです。リーダーはそれをブリコラージュするべきなのに、個人に全部の能力を高めよと押しつけがちです。その結果、無限の豊かな解釈が可能であるべき「能力」を、数多くの評価項目に書き込まれたただの数値に変換し、平均化して比べてしまうのです。

今の世の中には「生産性が低い」「役に立たない」などの言葉で、人間の能力を簡単に見切ろうとする風潮があるのではないでしょうか。野村流「弱者の戦法」には、人間の能力をもっとおおらかに理解するためのヒントが詰まっていると思います。(聞き手・中島鉄郎)

おかだみちお 1960年生まれ。専門はコミュニケーションの認知科学、生態心理学。著書に「弱いロボット」など。

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